虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

アレクサンドル・デュマ三代〜〜誇り高い血統

 幼少時、フランスの作家・アレクサンドル・デュマ・ペールの「三銃士」とか「モンテ・クリスト伯」を胸をドキドキさせながら読んだ人も多いかと思います。「三銃士」などは、最近NHKの人形劇にされていたので、記憶に新しいことでしょう。今年は三銃士をフィーチャーした映画(三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船)も公開されましたし。この場合、「ペール」とはフランス語で「父」と言った意味であり、その息子は「フィス:息子」を冠するアレクサンドル・デュマ・フィスです。この息子も作家で、「椿姫」という美しくも悲しい作品で、文学史上に不動の地位を獲得しています。


 私は、作品から言って、ペールのほうは「叙事詩」を得意とするのに対し、フィスのほうは「抒情詩」が得意なのかな、と思っています。純粋に芸術的に見ると、フィスのほうが価値が高いように思われますが、その流行作家ぶりではペールのほうが勝っているようです。


 そんな感じで、ブログを纏めようとしていたのですが、ネットで調べてみると、この父子だけではなく、祖父の代まで遡ってアレクサンドル・デュマ三部作ともいえる作品を上梓している方がいました。佐藤賢一さんで、1968年山形県生まれ、山形大学教育学部卒業後、東北大学大学院文学研究科で西洋史学を専攻したひとです。1999年「王妃の離婚」で直木賞を受賞し、特にフランスに明るい方のようです。三部作、いずれも文藝春秋から刊行されています。


 一冊目「黒い悪魔」。トマ・アレクサンドルは、サン・ドマング島(現ハイチ)に、奴隷黒人の母親と、フランス貴族の父の間に生まれた、黒2分の1のハーフ(ムラート)でした。徒手空拳でフランス本土に渡り、軍隊に入隊し、その持ち前のエネルギーで、勇猛果敢な武勲を立てて、将軍にのぼりつめます。折からフランス革命の狂気のなか、軍人として重用されましたが、ナポレオン・ボナパルトと反目し、晩年は失意の日々を送りました。フランス婦人・マリー・ルイーズを妻とし、子宝を設けます。


 二冊目「褐色の文豪」。これはトマ・アレクサンドルに流れる黒人の血がクオーター(4分の1)になって生まれた、アレクサンドル・デュマ・ペールが主役です。父が軍事の世界で最終的には凋落したのを見て、ペールは、軍事の世界ではなく、演劇・小説の世界での成功を目指します。彼の文学理論として「おもしろいものは良い、つまらないものは悪い。文学とはそういうことなんだよ。」・・・という理論ともいえない理論を持っていました。
 そして彼ペールは、恋した女性がほかの男性と婚約しても「なに、これは俺が大作家になるための運命だ」と何事も楽天的に考えるひとでした。


 ペールは、その作品「三銃士」とか「モンテ・クリスト伯」で大いに稼いだ印税を惜しげもなく散財する人でもありました。底なしの能天気な人でしたね。ただ、父のための復讐として政治の世界にも首を突っ込むこともありました。


 三冊目「象牙色の賢者」。アレクサンドル・デュマ・フィスの評伝です。ペールも白人女性と子供を作ったので、フィスには黒人の血が「8分の1」流れていましたが、その肌の色はほぼ白い象牙色で、ほとんどフランス人と同化しています。フィスはペールとベルギー人のカトリーヌの間に産まれましたが、ペールはなかなか認知せず、暫くは「私生児」扱いでした。
この点がきっかけで、彼の作品には「社会悪を憎む」傾向があるようです。


 この三冊目の文体は「独白体」で、フィスの呟き(つぶやき)を聞かされている感じです。前の二冊は地の文は著者自身が書いていたのと対照的です。そして、フィスの呟きを聞くに、いかにも自身と父が表裏一体なのか・・・フィスを語るためにはペールとの関係性が重要であると考えられます。

象牙色の賢者」にこのような記述があります。

 昔のフランスでは平民から貴族になるには三代かかると、そんな言われかたもしたそうですね。文学も同じで、なべて芸術とは人類が享受しえる最高の贅沢品なわけですから、それを悠々自適に楽しめる環境が整うまでには、やはり三代くらいは簡単にかかってしまうのでしょうね。
 いや、三代かけて手が届けば、むしろ幸運というべきですよ。
自らが歴史であったデュマ将軍、それに憧れ、歴史小説を手がける大衆作家となったデュマ・ペール、さらに憧れ、私小説を手がける芸術作家となった私ことデュマ・フィス、こんな風に綺麗に連鎖してこられたデュマ三代など、むしろ例外というべきでしょう。親、子、孫と受け継がれていく様子は、歴史が進化していく、あるいは文明が洗練されていく過程が見事に活写されている感さえあるわけですからね。

267P−268P

 デュマ・フィスの言葉に従えば、黒人より白人のほうが文化的に優れているかのような印象を受けますが、それは著者・佐藤健一さんの説ということになるのでしょうかね。えてして、我々も黒人は白人に劣るといった見解を持ち合わせていますから、この記述は案外すんなりと受け入れられるものなのかも知れません。問題、無きにしもあらずですが。



今日のひと言:フィスの「椿姫」は、社交界に生きる女・マルグリッドの悲しい運命を綴った小説ですが、フィスはそのモデルともなった女性と付き合っていました。マリー・デュプレシがその女性です。「椿姫」の中では、一ヶ月25日は白い椿、5日は赤い椿をあしらって、華やかな社交界に出入りしていた、もともとは身分の卑しい女とされています。そのマルグリッドと青年弁護士アルマンとの悲恋がテーマです。・・・今回のブログを書くため、小説5つを読むハメになりました。ここに挙げた佐藤さんの3冊、および「岩窟王モンテ・クリスト伯」「椿姫」ああ、目が疲れた・・・




今日の詩


私の元恋人は
散ったサクラの花びらが
コンクリートの上に落ち
土に帰れないと
嘆いていた・・・。


今私の目の前に
サクラの紅葉がある
それなりに美しいけど
落ちた葉っぱは
焼却されるんだろうな・・・。


 (2011.11.09)

黒い悪魔 (文春文庫)

黒い悪魔 (文春文庫)

褐色の文豪

褐色の文豪

象牙色の賢者

象牙色の賢者

椿姫 (光文社古典新訳文庫)

椿姫 (光文社古典新訳文庫)