虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

オイディプス王――人類最大の「悲劇」


 古代ギリシャテーバイの国の国王、オイディプス王は、ここ何年も打ち続く飢餓などに心を痛め、その原因を知るべく色々調査をしていました。このテーバイの前国王、ライオスが何者かに、御幸(みゆき:王があちこち巡回すること)の最中に三叉路で殺されて王位が不在だったこともあり、それと、当時(オイディプス無位無官だったとき)、謎掛けをして、答えられない者を食べてしまう怪物・スピンクスを倒した者をテーバイ国王とする、というお触れが出ていました。


 スピンクスに出合ったオイディプス、「朝に4本足、昼に2本足、夜に3本足になるものはな〜〜に?」との謎を掛けられましたが、あっさり「人間」だという答えを出し、謎を解かれたスピンクスは、恥じて谷間に身を投げて死にました。3本足というのは老人が杖を突いた姿のことですね。そしてオイディプスは晴れてテーバイの国王になったというわけです。

 
 そして、前国王を殺した下手人を知るため、占い師を召喚したところ、「陛下が父であるライオス王を殺したのです」との占断が出ます。「・・・なにを馬鹿な・・・」と訝り(いぶかり)、また占い師を罵倒しますが、このままではどうにもなりません。「第一、私の父は前テーバイ国王のライオスであるはずはない・・・」


 ここには、故ライオスとその妻イオカステーなどしか知らない事実があったのです。長子が生まれるとき、デルポイの神託アポローン神による)を受け、「その子は父を殺し、母と交わる:SEXする」という驚愕の神託(予言)でした。ここに当時のことを知る羊飼い(オイディプスを追放する任務を負っていた)が登場し、捨て子のことを語ります。


 これを聴いていたイオカステーは、三叉路で夫・ライオス王を殺したのがオイディプスであり、オイディプスが実のわが子であることを悟り、そして子のオイディプスの子供を4名も産んでいたことに恐怖し、寝室で自害してしまいます。


 血気盛んな頃は無茶もやりがちなものです。三叉路でライオス王と争いになった時、もっと冷静でいられれば、このおぞましい運命からのがれられたのかも知れませんが・・・でも、そういうのが運命というものかも知れません。そうです、三叉路で父ライオスを殺したのは、オイディプスそのひとだったのです。


 そして、全てを悟ったオイディプス王は、母であり妻であるイオカステーの黄金のカンザシで両眼を抉り、自らメシイ(盲人)となり、放浪の旅にでる・・・眼を潰すという行為には色々解釈があり、「王であることを含むあらゆる日常性への断念」あるいは「自ら去勢したのだ」という解釈があります。


 ここで展開されるのは、個人がどうあっても抗えない運命です。登場人物、全員悪意はなくても、構造的なカラクリによって登場人物は踊らされるのです。「犯人探し」をしていって、犯人がだんだん自分であると見えてくる過程はきわめてシビアー(過酷)です。


また、「父殺し」と言うテーマはドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」とかシェイクスピアの「ハムレット」にも描かれているらしいですね。(「ハムレット」にそんな話があったかどうかには否定的です、叔父グロチウスハムレットの父である前王を殺害する話はありましたが。)ジーグムント・フロイトがいわゆる「エディプス・コンプレックス:男の子には父を殺して母を奪おうという衝動があること」という精神分析の理論を創出したことでも有名です。


この戯曲は紀元前400年代の悲劇作家・ソフォクレスソポクレース、ないしソポクレス)の傑作で、現代でもその劇的価値は変わらず輝いているのですね。この作品、シェイクスピアの4大悲劇・・・「リア王」「オセロ」「ハムレット」「マクベス」をも凌駕すると思います。


4大悲劇のなかでベストだと思われる「マクベス」にも、マクベスの最期に関する占いが登場しますが、オイディプス王ほどに深刻ではなく、あっけない、その場限りの状況設定で終わっています。(「森が動かなければ、マクベスは負けない、死なない」というような。・・・森に仮装した敵兵が攻めてきたわけです。)


今日のひと言:私が一目置く、狂言師野村萬斎氏は、以前「オイディプス王」を演じたことがありますね。どんな出来だったのでしょうか?


 ところで、ギリシャ神話の英雄たちに、「予言」が似合うのは事実みたいですね。


過去ログ http://d.hatena.ne.jp/iirei/20100620  :「ゼウスが愛した女性たち」でも、
「孫によって殺される」との予言をもらったアルゴスの王、娘ダナエを高い塔に幽閉しますが、ゼウスが金色の雨になって現れ、ダナエと交わります。そして生まれたのがペルセウスで、ペルセウスは追放されますが、幾多の偉業を打ちたて、国に帰った際、王はペルセウスに王位を譲り、隠棲します。でもペルセウスの投げた円盤に偶然当たって死んでしまうのですね。なんとも情けない形で予言は的中します。


 未来のことなど知ろうとしないのが、もっともたくみに「予言」によって陥穽(かんせい:落とし穴)に落ちない態度なのでしょうか。



今回読んだ本:オイディプス王ソポクレース作・高橋睦郎修辞:小沢書店)です。


ソポクレス オイディプス王 (ワイド版岩波文庫)

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マクベス (新潮文庫)

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