虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト:色々な事物を取り上げます。

ビアスと「悪魔の辞典」


警句箴言(しんげん:戒めの言葉)特集その4(完)
 

アンブローズ・ビアスビアース):Ambrose Bierce:1842−1914?はアメリカのジャーナリスト・小説家。日本へは芥川龍之介によって紹介されましたが、芥川に「侏儒の言葉(しゅじゅのことば)」という名警句集があるのと同様に、ビアスにも「悪魔の辞典」という面白い警句集があります。ちょっと見ていきましょう。(ものによっては長いおまけが付いているので、出来る限り短い文でできているものを選びました。)


CABBAGE 名詞  :キャベツ  大きさも知能指数もほぼ人間の頭に匹敵するおなじみの菜園野菜。(以下略)


LABOR 名詞  :労働   AがBのために財産を獲得してやる方法の一つ。


LITIGANT  名詞  :訴訟  あなたが豚の形で入ってゆくと、ソーセージの形で
        出て来るはめになる機械の一種。


MAGNET    名詞  :磁石  磁力の影響を受けるもの。
MAGNETISM  名詞  :磁力  磁石に影響を与えるもの。
      前述したばかりのこの二つの定義は千人ものすぐれた科学者の仕事からの要約である。彼らは、偉大な白色の光をもって、この問題を明らかにし、言語を絶するほどに人間の知識を進歩させたのである。


OCCIDENT   名詞  :西洋   東洋の西(または東)に存在する世界の一部。広範囲にわたって、強力な偽善者であるキリスト教徒が住む。彼らの主要産業は殺人と詐欺である。連中は前者を「戦争」、後者を「商売」と称するのを好む。もっとも、この二つは東洋の主要産業でもありはするのだが。


PHONOGRAPH  名詞  :蓄音機  死んでいる騒音に生命をよみがえらせるいらだたしい玩具。


RECOLLECT   動詞  :回想する  以前には気がつかなかったなにかあるものまでつけ加えて思いだす。


 どうでしょう?なかなかシニカルでスゴイ警句集です。私は大学時代、「東大マンガクラブ」に在籍していたことがあり、4編のちょっと変わったマンガを描きました。最初の1編は本名をもじって使いましたが、あと3編は「キャベジン」というペンネームを使いました。これはもちろん、ビアスのいう「CABBAGE」から採ったのです。「キャベツ程度のオツムしかない人間」という意味でです。ただ、この斜に構えたペンネームが嫌いになって別のペンネームにしようとしても、余りに皆になじんだものだったので、周囲は改名に反対し、まあ、それだけが理由ではないのですが、私はそれから程なくマンガクラブを辞めました。


 ビアスに話を戻すと、このような警句を書く人は、「韜晦(とうかい:真意を話さない)」の傾向があるような気がします。つまり自分の弱い自我を、このようなひねくれた視点を提起することによって隠す傾向があるような気がします。シニカルさもその表れであると。


 とは言え、ビアスはジャーナリストとして、1896年に話題になった事件・・・サザーン・パシフィック鉄道による、7500万ドルに登る政府融資を棒引きするという策謀を、社長のハンティントンを攻撃(風刺)することによって粉砕したとのこと。なかなか優秀なジャーナリストでした。


 ビアスの最期は、メキシコ革命中のメキシコに1913年に渡り、消息不明になったとのこと。韜晦が好きな彼らしい最期です。


 今回読んだ本は「悪魔の辞典」奥田俊介+倉本護+猪狩博 訳 (角川文庫)それぞれ3分の1ずつ担当したとのこと。今回の項目とその解説も同書に拠ります。



今日のひと言:「悪魔の辞典」を道具に例えると、「棍棒」であるような気がします。芥川龍之介の「侏儒の言葉」は細身の日本刀ラ・ロシュフコーラ・ロシュフーコー)の「箴言集」はカミソリ、アナトール・フランスの「エピクロスの園」はフェンシング。

 同じ警句集でも、人によって持ち味が変わるようです。そうそう、中国の古典「老子」も警句・箴言集と考えることも可能ですね。



筒井版  悪魔の辞典

筒井版 悪魔の辞典

悪魔の辞典 (角川文庫)

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