ラ・ロシュフコーの明察(モラリストとしての断章)
私は、以前、山で暮らしていたとき、一番信頼しあっていた友人と、ある女性をめぐって三角関係に陥り、彼にだまされたことがあります。それは、私の持つ、友人観、恋人観を大きく揺り動かすものであり、以後私はノイローゼというか、人間不信になったことがあります。そのころ、ラ・ロシュフコー(ラ・ロシュフーコー:1613−1680)の箴言(しんげん:いましめのことば)を知っていれば、その衝撃を幾分かは緩衝出来たかも知れません。こんな言葉があります。
@けっして人をだますまいなどという気でいると、とかく、こちらがだまされるはめになる。
118
@人間には、裏切ってやろうと、たくらんだ裏切りより、心弱きがゆえの裏切りのほうが多いのだ。
120
あのときの彼の心理状態を考えると箴言120が適用できるかも、と思います。私と彼は同じ集り・グループに参加していて、このグループのために力を尽くす、と言っていながら、心の弱さか、彼の出身県の職員採用試験をこっそり受けていて、そのことを私には打ち明けたのですが、このとき、私は「彼の私に対しての正直さ」を認識しましたが、「彼のグループに対しての不誠実さ」は気に留めていませんでした。彼が、私に対してもウソをつくかも、という可能性は「見て見ぬ振りをしていた」のです。果たして、私はだまされました・・・
このような断章(詩文の一部を抜いたものというのが原義)500余りで箴言集が出来上がっています。こんなのもあります。
@われわれが自分の欠点を告白するのは、他人の心に刻み込まれた悪印象を、率直さによってすり替えるためだ。 184
これも、上二つと私のなかでともに響きます。彼の打ち明け話は、この手のものでした。
@悪人にでもなれる力を具えていなければ、善人だと誉められる資格はない。つまり、お人よしなど、まずたいてい、意志の怠惰か無力か、そのいずれかにほかならない。
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出典:運と気まぐれに支配される人たち(吉川浩=訳:角川文庫)
ラ・ロシュフコーは、正式名称:ラ・ロシュフコー公爵フランソワ6世、いわゆる「モラリスト」に分類される文人ですが、フランスでも有数な貴族の子弟で、ルイ14世の治世の前に活躍した人でした。宮廷での活躍は花花しかったらしいですが、必ずしも彼が道徳的であったわけではありません。モラリストについては、
Wikipediaより(「モラリスト」の項)
モラリスト(仏:moraliste)とは、現実の人間を洞察し、人間の生き方を探求して、それを断章形式や箴言のような独特の非連続的な文章で綴り続けた人々のことで、特に16世紀から18世紀において活躍したモンテーニュ、ブレーズ・パスカル、ラ・ロシュフコー、ラ・ブリュイエールなどフランス語圏の思想家を指す事が多い。こういった人間性探究の姿勢は、フランス文学に脈打つひとつの伝統ともなっているといえる。
ラテン語mos, moris(フランス語mœurs)は人間の慣習や風習、性格や生き方などを意味し、こうした人間の行動や振舞い全般を省察するのがモラリストである。「道徳家」(moralisateur)とは別の概念であり、日常的にはそのような意味で使われることがあるが、混同されるべきではない。道徳家は道徳を教える教訓を書くのであるが、モラリストはまず記述的な姿勢を取るのであり、道徳家とはむしろ対極的である。
(中略)
モラリストは構築された論証的、規範的な言説を拒否し、そこに付随する権威と学識に依拠するような身振り――まさに「道徳家」や、フィロゾーフや神学者や護教論者のような身振り――にも異議を唱える。
うーーん、解りにくい解説ですね。要は道徳家はモラルを実行しようとする人、モラリストはモラルについて考察する人というあたりでどうでしょうか。
また、はてなキーワードでは「モラリスト」は以下のように定義されています。
「道徳(morale)のことを書き、扱う著者」の意味。
以下は『岩波哲学・思想事典』の項目記事(赤木昭三氏)による定義。
「個人としての、または集団としての人間のあり方を観察、分析、描写し、もって人間の道徳的改善を企図する作家の呼称である。そしてとくに16世紀末のモンテーニュを始めとして、パスカル、ラ・ロシュフコー、ラ・ブリュイエール、ヴォーヴナルグ、シャンフォール、ジュベールなど、他に分類し難いフランス17・18世紀の一群の作家がこう呼ばれることが多く、その場合には、エッセイ、断章、箴言等の比較的自由で、短い表現形式を用いることをモラリストの特徴として挙げることができよう。」
赤木氏は、モラリストの特徴を、次のように指摘する。
・道徳的関心を持つが、自らの道徳規範で人間の善悪を裁断する「道徳家」ではない。
・体系的で、首尾一貫する思想を構築する「哲学者」ではない。
・自己の生きられた体験を重視する。
・抽象的、一般的、箴言的スタイルで思想を表現することを好む。
・社会改革を意図する「革命家」ではない。
・個人の内面的な改善を重視する。
・本質主義者であり、人間の本性が不変であると考えることが多い。
うん、こちらのほうが解りやすいですね。冗長な哲学者でもなく、性急な革命家でもない・・・
今日のひと言:ラ・ロシュフコーの箴言は、「いろいろな倫理用語を材料に、あっとおどろく関係性をもって建築物を立ち上げる」のに似ていると思います。関係性・・・これはラ・ロシュフコー独自のモチーフであるとともに、関係性を表現するのに向いたフランス語の宝物の一つである気がします。(フランス語は、関係代名詞を多用する言語です。)
運と気まぐれに支配される人たち―ラ・ロシュフコー箴言集 (角川文庫)
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