賭博者としてのエッセイスト
エッセイストというのは、どんな人なのでしょうか?
私は、3年前、一編の小説を書き上げ、「週刊新潮」編集部と「週刊文春」編集部に全く同じ条件で局で直接郵送を頼み、郵送しました。
その作品は短篇で、読んでもらった人の評価が「骨組みだけの・・・小説・・風?」と称されるほど散々でしたが、「実験をするつもり」で郵送したのです。その結果、新潮のほうが2日ほど早く返ってきました。うん、仕事が速いな、と思いました。作品は、まあ、送り返されても不服はなかったのですが・・・
恋愛アラカルト――中島らも風味:http://d.hatena.ne.jp/iirei/20070317
エッセイは、たんに随筆としてくくれるものではなく、「試論」という表現もあります。この場合、エッセイストは、そうとう厳しい思考実験なり体験なりを必要とされると思います。ある意味・賭博者なのではないかと思います。「枕草子」の清少納言や「方丈記」の鴨長明、「徒然草」の吉田兼好たちは、どの程度エッセイストだったのでしょうか、またエッセイだったのでしょうかね。鴨長明は、無常観という終末史観のみで文章を書いているので、思弁的に過ぎ、実験はしてないので、エッセイストとは呼べない気がします。
その意味で「中村うさぎ」さんは、「試論」の最前線にいる気がします。ブランド品を買い捲り、財政破綻した末、その体験をエッセイにして稼ぎまくる。また「デリヘル」体験してみるとか・・・どんどんドツボにはまるような行状です。このうさぎさんを 敬愛の念を込めて・・・「賭博者」であると評したいと思います。
中村うさぎさんについては、すでに私の過去ログで取り上げていますが、人生を賭けてエッセイを書いている点で立派なエッセイストだと思います。
中村うさぎ〜全世界を笑う
http://d.hatena.ne.jp/iirei/20070331
私もエッセイストであろうと心掛けています。先に触れた「小説」の実験のように。
ある組織の概観を知るために、郵便、電話は役に立ちます。電話を掛けることによって日本共産党の実態が理解できましたし、各国大使館に電話することによって、各国の本質の一部が垣間見られました。過去ログ:私は何故ロシア語を学ぶか? : http://d.hatena.ne.jp/iirei/20070224
あるいは 中国に爆弾を売る(のコメント欄):http://d.hatena.ne.jp/iirei/20070225
などを参照してください。
今日のひと言:私は「はてな」のほかのところで、別のブログを運営していましたが、2つのブログを同時に続けるのはムズカシイので、そちらは更新をやめました。また、ブログというのはブロガーのエッセイになるということが考えられ、すべてのブロガーはエッセイストなのです。
それにしても、幼稚園児のようなメンタリティを持った人も多く、なんの為にブログを書いているのだろうか、と考えさせられます。ある人いわく、「ウェブはバカと暇人のもの」(中川淳一郎氏:光文社新書)。確かに現在無職の私は暇人です。(さらに、バカでもあるかも・・・)
今日のひと言:賭博者の場合、確率的には勝てない勝負に身を投げ出す人でもありますね。
そこへ行くと、かならず勝てる勝負をする人は、賭博者とは言いませんが。・・・それは実業家ですね。

- 作者: 山口文憲
- 出版社/メーカー: マガジンハウス
- 発売日: 2001/03/01
- メディア: 単行本
- クリック: 112回
- この商品を含むブログ (17件) を見る

- 作者: 日本エッセイストクラブ
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2009/08
- メディア: 単行本
- 購入: 1人 クリック: 17回
- この商品を含むブログ (1件) を見る