虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

アナトール・フランスとキリスト教


 アナトール・フランス特集その1



 「フランス」という国名を筆名に持つこの文豪は、まさしく「フランス」を体現し、ノーベル文学賞を受賞し(1921年)、その死の際にはフランスの国葬に遇された人です。(1924年)

 本名はジャック・アナトール・フランソワ・ティボー、古本屋の一人息子です。1844−1924

彼のいたフランス社会は、もちろんカトリックのお国柄、こどものころからキリスト教の教義としつけを教え込まれますが、彼にとってそのしつけはとても難解なものでした。

アナトール・フランスが子供の頃、大人達からしきりに「懺悔(ざんげ)しろ」と言われました。まあ、キリスト教文化圏だから当然ですが。でも、アナトールには何も懺悔することがありませんでした。素直な彼は悩みました。そして、彼が出した結論は――「悪いことをすればいいんだ!」  どうでしょうか。この短い話のなかに、彼のキャラクターも、キリスト教が持っている矛盾も見事に描き出されています。アナトール・フランスの著作を読まなくとも、この逸話だけで事の真相が解るのです。


 もっとも、アナトール・フランスについてはこれで終わりにはなりませんでした。評論家・栗田勇氏の著作に触れた私は、ランボー、ガウディなどを初めとする一連の芸術家のことを知り、アナトール・フランスについても、雄大な構想の歴史小説があることを知りました。「白き石の上にて」という作品でしたが、歴史の新しい潮流であるキリスト教と、(その新しい潮流を求めながら、その体現者の使徒パウロに会っても、それと認知できない)権力者とのすれ違いを描いた小説です。私はこの小説に、一種の数学あるいは幾何学を感じ取り、「数学ではなくても、数学は出来る!文科のなかにも数学はあるのだ!」と思いました。「あんな詰まらぬ数学の授業なんていらない!!」とも。理科系の学問が色褪せて見え、文科系の学問の真髄を見た気がし、見る物、聞く物すべてが新鮮に見えました。


そう思ったら行動の早い私です。1年留年して、第三外国語でフランス語を取り、そして転科してフランス文学科にいって、アナトール・フランスを専攻するのだと。そして、困っている父親を尻目に本当に自主留年した私は、フランス語を始めて1ヶ月で、アナトール・フランスの「ユダヤの総督」(よりポピュラーな訳として「ユダヤの太守」というそうですが)という小説を翻訳出来るまでになりました。(第二外国語はドイツ語でした。)


この小説もキリスト教の盲点をついた話です。ラミアという遊び人が、昔の友人のピラトに再会し、懐かしい思い出話をしていたところ、恋人がある集団に出入りするようになって、彼のことを顧みなくなってしまったというのです。そこでラミアはピラトにたずねます。:「その集団のリーダーはイエスナザレのイエスと言った。君は覚えているかい?」ピラトは答えます:「イエス?ナザレの?―――覚えていないな。」  少々説明しますと、ピラトはキリストを十字架に掛けることを決定した人物で、キリスト教の教義では、後に悔悟の念にさいなまれることになっていますが、アナトール・フランスは、キリストでさえ当時あまたいた罪人の一人にしか過ぎず、ピラトは裁いたことさえ覚えていなかったとしています。このようにキリスト教文化を笑い飛ばすのが彼の真骨頂であり・・・


注:なお、彼の全著作は1922−1966ローマカトリック教会禁書目録に入っていたとか。(はてなキーワードより)

以上拙著「東大えりいとの生涯学習論」(2009年、電子書籍:e-bookland)より
(この部分は私が理科系をすてて文科系に移ろうかな、と思っていたころのお話です。)

この本については、私のプロフィール欄をご覧ください。


また、このようなキリスト教の虚妄を突くお話として「タイス」があります。これは長編小説で、人々を淫らにし、卑しくさせるタイスという美しい娼婦を改心させるために、修道院士パフニュスはタイスに働きかけます。そして、その教えに従い、タイスが天使のヴィジョンを見ながら昇天する(=死ぬ)際、パフニュスは、彼がタイスに働きかけたものは、なんと「自分の肉欲であった」ことに気づき、安らかなタイスとは正反対に、性愛の対象としてのタイスを失ってしまいかける彼は、「真の幸せはこの世にこそある、タイスよ、戻ってきてくれ!!」と叫ぶのですが、タイスは戻ってこず、パフニュスはゾッとするほど醜い形相になってしまい、彼にとってなんの救いもない状態で、物語は終わります。


 「自分の肉欲に正直だったなら、こうまで落ちることはなかったのにねえ。」というアナトール・フランスの声が聞こえてきそうです。


 キリスト教の世界に生きていながら、このシニカルかつ当然な態度。アナトール・フランスは面白い人物です。芥川龍之介が傾倒し、石川淳も翻訳に励むほど大きな存在です。


今日のひと言:「タイス瞑想曲」(作曲:マスネー)は、この「タイス」の劇場版にあわせて作曲された曲で、タイスが昇天しているさいの彼女の内なる声を掬い上げたような佳曲になっています。


 なお、アナトール・フランスの死後、彼の脳の重さが話題になりました。正常な白人男性の容量が1500gであるのに対し、彼のそれは1019gであり、脳みその量がとても少なかったのです。この例は、アナトール・フランスの業績に鑑み、「脳の重さと知性は正比例しない、こととされているようです。

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http://d.hatena.ne.jp/iirei/20070711:「のだめカンタービレピアノの森]