虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

2大数学者の運命を翻弄した男――コーシー



   数学者特集 その1(全2話)


 私は数学科に行きたかったので(実際は工学部に進みましたが)、数学の裏話をいくつか知っています。そのうちの一つを披露しましょう。



 !!コーシーが数学史上重大な論文を紛失した・・・それも2つも。!!


コーシー(Augustin Louis Cauchy:1789−1857)とはフランスの数学者です。フランスではドイツのガウス(Carl Friedrich Gauss:1777−1855)と比較されますが、実力ではガウスの10分の1くらいでしょう。フランス人が贔屓目に見て、ガウスと比較をしたのでしょうね。もと土木技師だったコーシー、数学に目覚め、数学者になります。肖像画で彼を見ると、「久石譲」さんに似ています。


  業績は多岐に渡っていますが、特に印象に残っているのは、「コーシー・リーマンの関係式」ですね。これは複素関数論の基本をなす公式であり、また、彼が導いた「留数の定理(りゅうすうの定理)」は、その美しさが記憶に残っています。


 また、数学に厳密性の要請を考えたのは、ガウスと同じです。


ただ、コーシーは、数学発展史上、2つの汚点をのこしています。(一説にもう1つあり、デザルグの射影幾何学を認めなかったこととか。)才能ではガウスに匹敵する2人の数学者、アーベル(Niels Henrik Abel:1802−1829)、ガロア(Evariste Galois:1811−1832)の論文を2つとも紛失してしまうのです。


この段階(コーシーの審査)で認められなかった2人の数学者は、以後不運にも、一人は病死、一人は決闘の末亡くなります。結果的に彼らの死を招いたのは、コーシーです。アーベルは代数論において「5次方程式の解の公式はない」ということを明らかにしました。また、楕円関数論においては「以後の数学者の仕事500年分にあたる」と評された大論文ひとつ。ガロアは「群論」の基本概念とその応用たる「5次以上の代数方程式の解の公式はない」ことを証明した大論文。


 コーシーくらいの数学者なら、この2人の論文の価値は解るくらいの能力はあったろうとも思われます。自分の業績を超えているから、嫉妬の結果、紛失したことにしたのでしょう。握りつぶしたのでしょう。だから、性悪(イケズ)・コーシー。


肝っ玉が小さい、小さい。また、コーシーは、自分の行動にいちゃもんをつけられるのを極度に嫌う性格で、この性格もアーベルやガロアにとってはマイナスになったのでしょう。


 最後に、アーベルは正式な大学教授になる直前に生涯を終え、ノルウェーオスロにはアーベル銅像が立っています。数学上の偉業は、銅像を作って永遠に刻まれるものなのですね。
 ガロアに至っては、墓がどこにあるかさえ解っていませんが、群論のことをフランス人は「Le theorie de Galois」(ガロアの理論)と呼んでいます。フランス社会があれだけ冷たくした数学者ガロアなのにね。



今日のひと言:審査員のあり様で、進路を阻まれる数学者もいるのですね。
ガロアの場合、コーシーだけでなく、フーリエ級数でお馴染みのフーリエなども原稿を紛失していて(フーリエの場合は彼の病死により紛失)、それが3回も重なったのです。不運というよりフランス数学界が悪意を持ってガロアに接していたと思わずにはいられません。


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