「からみ」で降りるか?(散文詩)
私は20年前に山暮らしをしていた。私の生涯のうちでは、実り多い一時期だった。
私は「杉の子」の世話をするために、当時の住居から標高差300mくらい上の植林地に毎日向かった。すでに杉の植え付けは大体終わっていたが、枯れる杉の子もいたし、夏場に生える雑草の刈取りも重要な役割だった。
そして、山から背負子(しょいこ)だか背負い籠(しょいかご)だかを空っぽのまま降りてきた際、山の人に「「からみ」で帰るんかい?」と言われた。
これはどういう意味かというと、山に肥料とか杉の子を持っていくのは当たり前であるが、降りるときにもなにか・・・収穫した野菜とか薪とかも持ってかえるべし、という教えなのだった。「からみ」=「空身」、身に何も持たずに、手ぶらで帰ることである。
なるほど、と私は思った。一度の手間で、2つの仕事ができるのである。
山の生活に密着すればするほど「なるほどなあ」という感慨が湧いたものだ。
山の人の金銭感覚も面白く、崖ぞいの民家の崖が崩れぬように「堰堤(えんてい)」という施設を作っていた際、私は土方(どかた:土木作業員)として働いていたのだが、この家の主婦のオバサンも工事に参加し、賃金をもらっていた。都市の取り澄ました女性にはこういったことをする人はいないであろう。
工事の合間にオバサンからもらった「ヤギのホットミルク」の美味しかったこと!!
そして、やんごとない理由で、私は山を降りた。・・・「からみ」で。
その後、再び山を訪れた際、オバサン宅に御邪魔したら、「森ちゃんじゃないか!!」と言って歓迎してくれた。例のヤギのミルクで。
そして数年前、オバサンの家に電話したら、彼女は鬼籍に入ったと聞かされた。
この集落も、今や「限界集落」のレベルを超え、もはや存在しないであろう。でも、私の中にこの部落のことは熱く焼き付いている。
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