虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

恋愛アラカルト――中島らも風味(小説)

超老伝―カポエラをする人 (角川文庫)

超老伝―カポエラをする人 (角川文庫)

*1174064854*恋愛アラカルト――中島らも風味(小説)
2007.03.17 morishita rei(森下礼)
秘張―愛の歌集

秘張―愛の歌集

(この小説の意図は、「文体模写」という実験です。中島らも(故人)の「超老伝・カポエラをする人」という作品の文体をまねすればどうなるか、やってみたのです。その特徴は①会話体だけで書いている②特殊な分野の薀蓄があふれている・・・以上の条件を満たせるように書いてみました。なお、かなりの部分、私の実体験をベースにしています。)


    1.出会い

       ――あ、おいどん、何しとるんじゃろう?クチビルが熱い。そうだ、おいどんは今キスしてるんじゃ。おいどんは今晩、餓鬼レンジャーのコンサートに来ちょって、隣にまぶい女の子が座っていたなあ。・・・どれどれ、こ、この子だ。そうそう、間違えない。ひと目見てかわいいな、と思ったんだ。・・・なんてスウィーティーで気持ちいいキスなんじゃろか。
――このヒト、どんなヒトなのだろう?ルックスはパーペキだし、知性的にも見えるわ。さすがに私もこんな大胆なことするのは初めてだけど、賭けてもいい、このオトコは本物だわ。「ねえ、アナタってどんな人?」
――おいどん、いや、僕は、ただのニートですたい。京都大学理学部数学科を中退して、いまなんにもしていません。在学中に「フェルマーの最終定理」をワイルズというおやじが証明してしまい、「先を越された!!」と思ったとです。この定理の証明を一生の目標としていたおいどんは、目標を失ったとですたい。その定理というのは、有名ですから、貴女もご存知かと思います。X^n+Y^n=Z^nは、nが3以上なら整数解がない、という定理です。そもそも、この定理(1635年)は、フランスのフェルマー(Fermat)という優れた数学者が、ディオファントスという昔のギリシャ人数学者の代数学の著作に、「私はこの定理の驚くべき証明法を見付けたけど、それを書くにはこの本の余白が少なすぎる」とメモを残したことから、後世のいろいろな数学者が証明に朝鮮したんだけど、完璧な証明はなかなか見付からなかったとです。整数論の立場から、アルティンがかなり肉迫したんだけど完璧ではなく、代数幾何学が登場するまで待たなければならなかったとです。だいたい、「谷山・志村予想」というのは、おいどんも独力で発見していたんじゃが・・・・
――私にはなんのことだか、ぜんぜんわかりませんけど、アナタが素晴らしい人だということは私にだって解るわ。ねえ、私も自己紹介させてもらっていいかしら。
――どうぞ。
――私は青バラ女子大学コミュニケーション学部セックス学科の3年生です。21歳になります。
――おいどん、いや僕は35歳です。
――ウッソオ!20代にしか見えないわ。
――よく言われます。貴女はどんなことを学んでいるのですか?
――SEX全般。あくまでコミュニケーションとしてのSEXですけど。入学したとき最初に教わるのが48手というものです。
――え、相撲の?
――いえいえ、性交の48手です。そらんじています。たとえば「後櫓」というのは、立位後背位のことね。「織り茶臼」というのは、手をつないでする騎乗位のこと。有名な「松葉くずし」というのは、寝転んだ女の左脚を男が持ち上げ、そのまま挿入する体位のことよ。
――なんだか、初めて聞く用語で新鮮です。でも、「体位」って、何のことでしょうか?
――!え!!・・・・・・・・・・・・・ええ、もちろん、SEXするときの男女の絡み合いの仕方のことですわ。
――そうなんですか!おいどんはまた、音楽用語かと思っちゃいました。対位法って、ありませんでしたっけ。「・・・・・・・・」
ところで、僕はまだ、あなたのお名前を聞いていません。
――あ、失礼、阿部純子(АБЕ ШУНКО)といいます。
――そうですか、純日本的なお名前ですね。
――そうなんです。ありふれています。よく、もっと目立つ名前だったら良かったのに、と思います。うふふ。アナタのお名前は?
――羅須凝似乞です。「らす・こりにこふ」。昆布のとれる羅臼の羅、必須アミノ酸の須、煮凝りの凝、似ているの似、乞食の乞で、「らす・こりにこふ」です。
――ユニークなお名前!!一度聞いたら忘れられないですね。
――なに、おいどんのおやじがロシア文学好きで、ドストエフスキーの「罪と罰」の主人公ラスコリニコフ(Раскльников)をもじってつけた名前です。この名前のせいで、中学時代には、よくいじめられました。こんな名をつけた父を今でも憎んでいます。それにしても、キスしたあとしばらくしてから自己紹介しあうなんて、変ですよね。
――いいじゃないですか。名前なんて便宜的なものでしょう?そんなことより、アナタって、とても才能があるように見えるから、別に数学でなくても、こなせるんじゃなくって?あ、さっきから気になっていたんですけど、なんでメモをとっているんですか?
――え?ああ、そうでしたね。これはおいどんの癖なんです。子供の頃から、何かあると、いや、なくっても、メモを取る癖があるとです。ついでに打明けますけど、リュックサックの中では小型テープレコーダーが回っています。これも癖なんです。記録することが趣味みたいなものです。それが何か?
――いえ、たいしたことではありません。でも、私は、一女性としての私は、そんなことする男性に、ちょっと違和感を覚えるんです。ううん、アナタを責めているのではないんです。ここで交わされた会話は、ここで2人だけの間で閉じていて欲しいから。
それはそれとして、また逢って頂けますか?
――ええ、喜んで。(あ、またクチビルが重なる・・・・)
                               

    2.別れ
――また、キスしちゃった!今度はカレのほうが積極的で、さすがの私も戸惑ったわ。あんなディープキス(French kiss)、私もはじめて!なんたって私、最高のオトコをゲットしたくて、セックス学科に進んだんですもの・・・そして戦略と戦術を良く練って、オトコを落としてきたわ。たいていのオトコは面白いほど落ちたわ。でも、逆に、あっさり落ちるオトコって、つまんないのよねえ。ほんと。オンナより女々しく私にすがり付いてくるのよね。でも、あのヒト、変わってる。あそこまで私がセックスOKというサインを出していたのに、しないんだもの。「私、濡れちゃった」と言っても「床が濡れていたんでしょうか?」だって。バッくれてるわ。・・・またメモを取っていたわねえ。「それなあに?」と聞いたら、「これは、僕とあなたを元とする位数2の対称群です」だって。なんだかワケわかんない部分があって神秘的ね。難攻不落のオトコだわ。戦いがいがあるわん。でも、カレの部屋ったら、オトコとしてはきれいな部屋で、本棚には難しい本が並んでいたけど、たった一冊、SEX先生の奈良林祥博士の「How to SEX」を見たときは、私も安心したわ。ああ、このヒトも、普通のオトコなんだってね。でも、セックス学科の私から見れば、保育園レベルの本ね。笑っちゃう。だって、自慢じゃないけど、私は「[[カーマスートラ]]」を暗唱しているし、この本のだいたいの記述はフィールドワークを済ませているのん。たった21歳で、これほどヤレルとは、私自身感心しちゃう。・・・あのヒト、「21歳と言えば、ガロア(Galois)その歳で亡くなったんだよな。」と言っていたけど、セックス学科では取り上げられないヒトだわね。「どんなヒト、ガロアって?」と聞いたら、「偉大な数学者」なんて言ってたっけ。そうそう、オンナを巡る決闘で命を落としたとも、あのヒト言っていたわね。そんなの、しょせん負け犬よ!
――私は、本当は、SEXなんてことは好きでもないし、どうでもいいの。でも、私にとって、SEXは、良いオトコをゲットするための手段に過ぎないの。SEXしたくてするんじゃあないの。SEXは、お互いを一番効率的に知るための道具なの。他のどんなコミュニケーションよりも。
――どうしようたい、またキスしちゃったよ。純子さんはキスがうまいので、思いがけなくチュウチュウ・チュウチュウ、小一時間もキスに熱中してしまった。純子さんにファーストキスを奪われたんだけども、この僕もまんざらではなかった。こんなことは、生まれて初めてたい。数学とは、全然違う世界たい。でも困ったな、純子さんに伝えられないことがある・・・おいどんが、「オッパイ恐怖症」だということたい。あの2つ並んでまあるい物体に、おいどんは恐怖をいだく。なんでも、おいどんが生まれたとき、なかなか乳を飲まなくて、死にそうになったと親に聞いたと。生まれついての「オッパイ恐怖症」たい。そんなおいどん、どうやって純子さんと向き合えるんだろう?数学ではどうしようもないみたいだし。ままや、それが数学でなくて、物理でも化学でも、必死で対処しなければならんたい。勉強しなくちゃ。
でも、あの物体、想像するだに恐ろしい代物たい。おいどんは思うんだけど、セックスがなんのためにあるかと言えば、それはもちろん子孫を残すためたい。これほど確かな真理はなかと。つまり、セックスとは目的なんだな。目的を置いておいてはなにもすることはできない。だから、純子さんとセックスすることがあるとすれば、それは、子孫のためであり、また子孫の繁栄のため、就職して働くことを意味する。変な表現だけど、ニートを辞めねばならない、ということを意味するたい。でも、第一関門であるあの物体のハードルは高すぎる!(禿山の一夜♪)――あ、ケータイが鳴っている。もしもし、羅須です。・・・ああ、井番(いばん:ИВАН)か。なんだい・・・え・・・おいどんが付き合っている女?うん、付き合っているけど、何で知っているんだ?・・・え、現場を見た?・・・おいどんと彼女が一緒にいるところを?・・・それで・・・何?あの女はアブナイから止めておけ?・・・どんなことかたい。・・・あの女はオトコキラーで有名だって?なんだ、そりゃ?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――ああ、大変なことになったとたい。魔物に魅入られたようじゃ。牡丹灯篭じゃ、雨月物語じゃ、聊斎志異じゃ。純子さんは無類のセックス好きで、取り付いた男の精をことごとく吸い尽くすんだ、と井番は言っておった。付き合っている最中は極楽じゃが、腑抜けになってしまったとたん、純子さんに捨てられるちゅう。ああ、こんなことをばしておれん。逃げねば、どこか遠くへ。そうじゃ、山がいい、山に逃げるんじゃあ!!

 

            3.再会
――はい、いらっしゃい。・・・あ、ああ、純子さん?
――そうよ、純子。ジュ・ン・コ。私新聞を見て驚いたわ。「炭に特許!!元ニートの快挙」とあったものだから、ちょっと気になって読んでみたら、京都大学数学科中退のヒトが、九重山の山ろくで山暮らしをした末、炭焼きの新しい技術を発明して、特許を取り、ヴェンチャー企業を立ち上げた、とあるじゃない。「純ダイヤモンド炭研究所」ってね。私、アナタのことだと直感したわ。それで連絡先を調べて、飛んできたのよ。「純」が入ってるなんて、カワイイ!
――おいどん、驚いたたい。おいどんは、純子さんから逃げるため、ここに来たのに。それに純子さん、あなたはオトコキラーだと聞いていますたい。あれから5年も経っているのに、こんなおいどんよりずっといい男を獲得できなかったのですか?
――私も、驚いた。アナタが私から逃げるために家を出たということを井番さんから聞いたときには。
――なんで井番と知り合いなのとですか?
――井番さんも、私のGAME(獲物)だったのよ。私、オトコキラーだもの。もちろん、あれからいろいろなオトコを狙ったけど、アナタほどのオトコはいなかった。アナタが私にとって、「最高のオトコ」だってことが解ったの。SEXして確かめたわけじゃないし、口惜しいけど。SEXこそ最高のコミュニケーションという私の真理は覆された。あれから私ガロアについても調べてみたの。ガロア自身セックス学の恰好の素材だし、青バラ女子大学の黒井百合子教授には、「群論とセックス学」(1998年)という著作もあって、読んでみたの。私のフィールドワークに照らしてみても、とっても刺激的な理論だわ。私の知らないことがいっぱいあった。「位数2の対称群」というのは、ほんっとに、私たちのことを記述しつくしている。そんな実践的な理論を、アナタは知っていて、私は知らなかった。それだけでも、アナタはこれまでの他のどのオトコとも違う。忘れられるわけないじゃない。それから・・・あなたの秘密も聞いたわよ。「オッパイ恐怖症」――ほんとにそうなの?今でも?
――そ、そんなことまで、あいつ、ペラペラしゃべったとですか。そ、そうです、おいどんはオッパイが怖いですたい。今でもね。だからこのまま帰ってください。
――そんなトラウマ、私が吹き払ってあげるわ。このままいさせて!一生のお願い。アナタと暮らしたいの!
――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うーーん、どうも、また逃げても追ってこられそうだし、それではせっかく立ち上げたおいどんの事業も頓挫してしまいますから、いたければいてもいいけど。おいどんも男ですたい!とにかく、この5年間は、おいどんがニートから事業家に脱皮するための悪戦苦闘の日々でした。現実的なことが苦手なおいどんが炭に出合い、その素晴らしさを世に広めるためにいろいろ試行錯誤した結果、備長炭の技術を決定的に進化させた「純ダイヤモンド炭」を発明しました。思えば、おいどんが所帯を持てるようになるための5年間だったともいえるでしょうたい。
――アナタ、それだけ?5年間もほったらかしにされた私になにかひと言ないの?待つ身のオンナに対して、その5年間に対するねぎらいの・あるいは謝罪の言葉はないの?それから、またメモを取って・・・
――5年間は、単に5年間ではなかとですか?単に数字上の問題たい。おいどん、この点は譲れんたい。メモもほっといてもらいたか。そんなことより、おいどんはずっと気になっていたことがあるたい。あなたは、これまでおいどんの名を一度も呼んだことがない。本当に覚えているとですか?
――(あ、ホントに覚えてない、カレの名。なんだっけ、なんだっけ・・・何かいわなくちゃ!)
グレゴール・ザムザ(Gregor Samsa)さん!!
(当てずっぽうで言っちゃった・・・カレ、どんな顔をしているのかしら・・・あ、ああん、微笑んでる!!ウレシイ!!!)
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

――凝似乞(こりにこふ)、ちょっと「でんでん太鼓」取って(I love You!!);^^。撒部巣(マクベス:Macbeth)が泣き止まないの。 


            (了)