虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

「再チャレンジ」の笑止

  *「再チャレンジ」の笑止
 1990年には0.4334、2002年には0.4938・・・これは何の数字かと言うと、「ジニ係数」です。これは、所得の偏り具合を示す数字で、これが0に近ければ所得は平等で、1に近くなると不平等になるのです。12年間で、相当1に近づいていますね。日本国民の裕福な4分の1が総所得の4分の3を占めているという状態です。あくまでこれは社会保険料を差し引くまえの当初所得ですが。(「下流社会」:三浦展 21ページ参照)
 私は三浦氏によって展開される以後の論理にはあまり興味が湧きませんでした。現在のような格差社会になった根本原因への考察があまりないからです。その分析には、社会学より経済学が相応しいと思います。私は、基本的には格差社会の原因は、政府の取ってきた「新自由主義」政策にあると考えています。
 新自由主義を簡単に言えば、「先祖帰りした資本主義」です。アダム・スミスの「国富論」のころと、ほとんど変わっていないものです。そこでは自由競争が良しとされますが、当然、弱者・強者が出現し、格差社会は是認されます。弱肉強食。金持ちばかりが得をする。今の日本とそっくりでしょう?その古典経済学へのアンチテーゼとして現れたのがマルクス経済学で、その理論の良いところを取り入れたのがケインズの理論だったのです。その成果をバッサリ切り捨てちゃったのが「新自由主義」です。過去ログ(http://d.hatena.ne.jp/iirei/20051217  福沢諭吉を嗤う)参照。
 小泉政権で「新自由主義」を遂行してきたのが竹中平蔵さんです。2006年6月16日の朝日新聞に彼へのインタビューが載っていますが、このような発言をしています。
①「グローバル化やIT(情報技術)などの新分野が拡大する時代には、勝つ人と乗り遅れる人が出てくる。それらが格差を広げるプレッシャーになることは事実です。それと小泉改革をむりやり結び付けて不満だ、けしからん、と言っているだけでしょう。80年代以降、先進工業国のほとんどで格差が拡大する傾向にある。日本だけで特別のことが起こっているのではないんです」
  イギリスのサッチャー首相のやったサッチャリズムアメリカのレーガン大統領のやったレーガノミックス、これらはいずれも「小さな政府」を標榜したまさしく「新自由主義」の政策です。同じような指針で政策を実行すれば、同じような格差が生まれるのは当然ですが(実際に小泉政権は実行しました)、竹中さんはすっとぼけていますね。なお、イギリスで、サッチャリズムを推し進めた保守党は、党首にデービッド・キャメロン氏が就任した際、「新自由主義は誤りだった」と認めているそうです(「新自由主義」の項・wikipedia)。今のイギリスは新保守主義の立場は取っていません。
②「格差ではなく貧困の議論をすべきです。貧困が一定程度広がったら政策で対応しないといけませんが、社会的に解決しないといけない大問題としての貧困はこの国にはないと思います」
 この発言には唖然とします。現在、制度の欠陥のために、持ち出しの多い身体障害者が多いことを、竹中さんはご存知ないらしいですね。小泉改革の結果出来た制度(障害者自立支援法)で障害者の人たちは苦しんでいるんですけど。また、私ごとになりますが、私の認知症の父の介護保険の負担金がこの度、また増やされるようです。それから、公立学校の格差を増幅させるであろう「教育バウチャー制度」構想も小泉さんから引きつぐ積もりなのでしょうか?自民党新総裁の安倍晋三さんは。ここで引用。
『そこで国は考えました。
 「会社は、最後は国が守ってくれる、と思っていて、過保護(かほご)の状態(じょうたい)だった。これからはおたがいに自由に競争して、元気になってもらおう。国も競争しやすいような政治をしていく。」というのです。
 さらに、国に納(おさ)める税金が高いと、会社のもうけがその分減るので、税金も安くしてあげようといいました。するとどうなったか。
 競争に勝って、もうかる会社も出てきました。
 でも、競争に負ける会社もあります。勝った会社は負けた会社を買収して、さらに大きくなり、もうけが増えました。会社の社員の給料もあがります。
 一方、大きな会社も、競争に負けるわけにはいきません。新しい商品をつくって、こちらももうけが増えていきました。
 競争することは悪いことではありません。もうかる会社も増えていき、日本の景気もだんだん良くなっていきました。
 では、働いている人はどうなのか。
 会社は、やはり競争に勝たなければならないので、景気が良くなったからといっても、社員を増やすところは一部だけ。正社員を増やすと、給料をたくさん払わなければならないので、もうけが少なくなるからです。
 そこでその代わりに、パートやアルバイトの人をやといました。パートやアルバイトの人の給料は、安くてすみます。また好きなときにやとえる、つまり、いそがしい時だけやとって、ひまなときはやとわなくてすむので、会社は助かるのです。
 こうして、いま正社員が減って、パートやアルバイトの人が、ふえ続けているのです。
 日本では、およそ5000万人が会社で働いていますが、このうちの1600万人、つまり3人に1人が、パートやアルバイトの人なのです。
 もちろん、パートやアルバイトをしたいと思う人もいるし、お金をたくさんかせいでいる人もいます。
 でも、正社員になりたい、と思っても、なかなかなれない。働いても、働いても給料が上がらず生活が豊かにならない、そんな人たちが増えているといわれています。そうした人たちのことを最近は「ワーキングプア」、つまり働いているのに、貧しい人と呼んだりします。
 その一方で、たとえば株で、何億円ももうける人もいるのです。
 このように収入の差がだんだん開いていく、そんな社会を格差社会と呼ぶのです。 』
    以上の引用はhttp://www.nhk.or.jp/kdns/ (週刊こどもニュース06.09.23放送分「格差社会」より)
解りやすいですね。
さて、自民党新総裁・安倍晋三さんは、公約の中で①小泉改革の継承 ②再チャレンジの支援といったことを挙げていますが、①の新自由主義の論理を捨てない限り、②の再チャレンジの支援は「不可能」だと私には思えます。理論的に矛盾します。その意味で笑止な公約だと言わざるを得ませんね。

今日のひと言:杉村太蔵に共感する若者たち、フリーターや派遣でしか雇用されない状況を作り出し放置しているのは、自民党政権だよ。それなのに自民党に投票するのは「自分の首を自分で締める」ようなもんだよ。
 それから、「パラサイト・シングル」は、現在の格差社会から若者を守る緩衝材のような積極的な役割を演じているみたいね。
 また、ベネズエラなど中南米で左翼的な政権が増えているのは、アメリカの行き過ぎた「新自由主義」のためだと言われています。(ソースはNHK。)
 ついでに、最近クーデターで失脚したタイのタクシン首相は、規制緩和によって、身内の企業の利益を図ってタイ国民の非難を浴びましたが、彼のやったことから「身内の」という言葉を除外すれば、それは日本でも起きていることですね。なお、私はタクシン首相が客家(ハッカ)と呼ばれる華人(中国人)であることに興味を覚えます。華僑社会、中国社会、その表社会・裏社会とのつながりはどうだったのでしょうか?