虚虚実実――ウルトラバイバル

森下礼:環境問題研究家、詩人、エッセイスト。森羅万象、色々な事物を取り上げます。元元は災害に関するブログで、たとえば恋愛なども、広く言えば各人の存続問題であるという点から、災害の一種とも言える、と拡大解釈をする、と言った具合です。

「東大生が書いた頭が良くなる算数の教科書」で頭は良くなるか?

iirei2006-08-17

 *「東大生が書いた頭が良くなる算数の教科書」で頭は良くなるか?(書評)
       教育特集その2
 この本は東京大学の「起業」学生サークルTNK(http://venture-tnk.com/
が2006年1月に出版したものです(インデックス・コミュニケーションから)。その前書きにいわく「東大生の頭の良さとは一体何を指すのでしょうか。実際、東大生とそうでない人の違いはごく些細なものです。その紙一重の差を持つ頭を、我々はこの本で東大脳と呼びます。東大脳とは世間ではパターン認識と呼ばれるものです。」とあります。確かに図形の証明問題などでは、補助線を引く頭脳――パターン認識が必要になるのは事実で、上掲の文言自体、「東大脳」という言葉はかなり変だとしてもまあ、認められます。もっとも、東大卒の官僚の得意技こそ「パターン認識」ですが・・・国家上級公務員試験それ自体が、そのような人材を求めているのも事実ですから。
 ただ、この「算数の教科書」、けっして算数の教科書とは呼べません。なぜなら、順列・組み合わせ、合同・相似、平方根三平方の定理がずばずば登場する「算数の教科書」だからです。大前提として、算数とは、小学生(児童)の学ぶものです。平方根などが扱われる道理がありません。それまでに、いくつものハードルを越えなければ教えられないことを無視しています。以下各章ごとに見ていきます。
 第1章は、いくつかの数字を並べ、四則演算を組み合わせて答えの数を出させる問題特集です。延々20ページも続きます。私に言わせると、このような問題はあくまで「パズル」であり、算数でも数学でもありません。パズルをやりたければM.ガードナーの本でも読むのがいいのです。
 第2章は、グラフ用紙のうえで書かれた図形の面積を出す問題。この後半で、三角形の合同条件、相似条件が藪から棒に・天下り的に・登場します。私はここいらを見たあたりから、変だな、と思いました。68ページでは三平方の定理ピタゴラスの定理)の登場!その上、平行移動というかなり難しい方法で、「証明」しています。なにも予備知識のない小学生に、証明することの意味さえ解るわけがないことに思い至らないようです。ましてや、難しい証明法が。この本は一部の大学生が読む本なのでしょうか?大学生から見れば、上から見下ろせるので、算数・数学の境界があいまいになるのかも知れません。でも、それでは教科書とは言えないでしょう?学ぶのは児童。
 第3章は50ページを費やし(!!)順列・組み合わせ。
 第4章は珍しく、連立方程式を使わずにつるかめ算を教えています。ここまで小・中学の垣根を大胆にも超えてきたのだから、連立方程式をきっちり教えればいいのに。
 第5章は、なんと東大入試にチャレンジ!!  ただ、私が見て、馬脚を現したな、と思ったのは、これまで一言も触れられていなかったルート2が突然・なんの前触れもなくヒントに現れたかと思ったら、補足として「ROOTはルートと読みます。ROOT@とは、それを2回掛けたら、つまり2乗したら、@になる数です。」(記法を少々変更しました。)
 小・中学生を舐めてはいけない!!たった2,3行の解説で平方根が理解できるなら、東大はおろか、ケンブリッジ大学ハーバード大学に行けますよ。平方根が解らないばかりに挫折する中学生が多いことを、TNKのメンバーは、どう思っているのだろう。まあ、挫折の経験はないんだろうな。パチパチ、東大脳。大体、難易度からすると、平方根に先立って連立方程式を学ぶのに、連立方程式を教えずに平方根を取り上げること自体矛盾しています。
 それから、ちょっと気になったのが、会話形式の登場人物たちの会話が、いかにも教養課程の学生っぽく、ちょっと、いや、全然、算数を学ぶ年代の児童の話法とはちがうな、という点。
 塾講師とか家庭教師とかの経験者として断言しますが、「東大生が書いた頭が良くなる算数の教科書」は教科書とは認められませんし(ところで私も東大卒です)、そもそもどの学年の生徒・児童にも適合しません。TNKにとっても受験産業界でのツールとしては、この本は役に立たないでしょう。この本を読んでも、決して「頭は良く」なりませんから。

今日のひと言:起業をするにも、それだけの蓄積(有形無形の)が必要だ。ちゃんと授業
       に出るのがいいよ、TNKの諸君。